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東京地方裁判所 昭和36年(行)54号 判決 1965年3月31日

原告 株式会社 縁屋

被告 東京国税局長

代理人 田中勝次郎 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

本訴の争点は、世田谷税務署長が、原告の要望に基づくものとして、原告の第一、第二期に遡つて実現主義により所得を算出したことの適否にある。

当事者間に争いのない事実に、いずれも原本の存在とその成立につき争いのない甲第一乃至第五号証、その成立につき争いのない乙第一、第二号証及び証人渡辺悦郎の証言によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

昭和二九年一二月頃より約一年間東京国税局調査査察部において、国税犯則取締法により原告の第一乃至第三期分法人税について調査したところ、原告が売上等を隠ぺいして、多額の所得を各期穏匿していたことが明らかにされた。原告は、第一、第二期については発生主義、第三期については実現主義によつて会計処理をしていたと申し立てていたが(乙第一号証)、第三期は実際には、法の許していない現金主義によつていたため、第一乃至第三期を通して、発生主義により、脱漏額を捕捉して所得を算出することも考えられたが、これでは、脱漏額が巨額に昇るため、担当査察官において、原告に対し所得の算出方式についての希望を問いただしたところ、原告は、社長、総務担当取締役、経理顧問三名の連署した上申書(乙第二号証)をもつて、第一乃至第三期について、いずれも実現主義によつて所得を算出することを要望したため、これを容れて所得額を算出し、逋脱犯として告発するとともに、世田谷税務署長は、第一、第二期に遡つて実現主義を適用して、第一乃至第三期の各法人税について更正処分をした。これに対し、原告はそれぞれ審査の請求をしたが、その理由は、第一期については、更正処分が更正の期間経過後に行なわれたということであり、第二、第三期は、重加算税の賦課を不服とするだけであつた。他方、告発を受けた検察官は、第三期についてのみ起訴することとし、かつ金額についての争いを避け、確実を期する趣旨から、原告より検察官に提出された上申書に基づき、第一、第二期を発生主義、第三期を実現主義によつて算出される所得額に基づき逋脱税額を算定して、これを起訴した(検察官が第三期のみを実現主義により起訴するに至つた事情は右のとおりであつて原告主張のような理由によるものではなかつたと認められる。)。その後、第一、第二期について課税の時効が完成した後である昭和三五年一〇月七日付で原告は審査請求補充説明書(甲第四号証)を提出し、初めて第一、第二期について発生主義、第三期について実現主義を適用すべきことを主張するにいたつた。

以上の事実関係につき、世田谷税務署長が、原告の要望に基づくものとして、第一、第二期に遡つて実現主義により所得を算出したことが適法かどうかを考察するに、原告は、刑事責任の関係について、第一、第二期に遡つて実現主義によることを要望したにすぎず、課税処分についてこれを要望したものではないと主張し、原告の右要望がなされた上申書(乙第二号証)は、直接には、査察官宛のものであることは明らかであるが、刑事責任といい課税処分といつても、同一事業年度の法人税額という同一対象に関する事柄であり、しかも、第一、第二期に遡つて実現主義を適用することが金利(利子税)の点で原告に有利なことは被告の主張するとおりであり、また、課税処分について第一、第二期を実現主義によることが原告の要望に反するものであつたとすれば、原告としては、当然に審査請求書においてこの点を明らかにし得たはずであるのに、このことにはなにも触れていないのであつて、世田谷税務署長及び被告が、原告の要望に基づき第一、第二期に遡つて実現主義により課税すべきものとしたことは、なんら違法ではないというべきである。

もつとも、原告は、昭和三五年一〇月七日審査請求補充説明書によつて、第一、第二期については発生主義によることを求めたのであるから、被告は、これによつて更正処分を訂正すべきであると主張するのであるが、第一、第二期を発生主義、第三期を実現主義によつて所得を算出すれば、第一乃至第三期を通して実現主義によつた世田谷税務署長の各更正処分と対比して、第一、第二期について所得額が著るしく増大し、第三期について減額することとなることについては、原告は被告の主張を明らかに争わないところ、原告が審査請求補充説明書を提出した昭和三五年一〇月七日には、第一、第二期についての課税の時効期間が経過し、第一、第二期についてあらためて更正処分をすることはできないのであるから、結局、原告は、右差額相当分だけ課税を免れることとなり、すでに一度第一、第二期に遡つて実現主義によることを求めた以上、かかる不当な結果を招来するような会計処理の変更を求めることは許されないものというべきであり、被告が原告の審査請求補充説明書を無視して、第一期、第二期に遡つて実現主義により課税したことを違法視する理由はないものといわねばならない。なお、原告は、第一、第二期の更正について、先の更正処分によつて時効が中断され、また原告が時効の援用していないから、あらためて更正をすることができなかつたわけではないと主張するが、先の更正額を上廻る部分について、時効の中断の効力は認められず、新たな更正処分は会計法第三〇条の趣旨よりして申告期限の翌日より五年を経過した後は、時効の完成により許されないものであり、(五年の期間は、実質的には更正の除斥期間に等しいものと解すべきものであり、国税通則法第七〇条は、これを確認的に明らかにしたものと解される。)、右時効については、その援用を用しないことも明白であつて、原告の右主張は採用できない。また、原告は、審査の決定の遅延を問題とするが、原告主張の審査請求補充説明書が課税の時効完成前に提出されていた場合は格別、本件においては、右補充説明書は、課税の時効完成後に提出されていることは前述のとおりであるから、審査決定の遅延をもつて、被告の決定の違法事由とする余地はないものといわねばならない。

最後に、原告は、たとえ原告の要望があつたとしても、原告が発生主義によつて決算をし、株主総会の決議を経て確定申告をしている以上、実現主義によつて所得を算出することは許されないと主張するが、商法の観点と税法の観点とは必ずしも一致しなければならないものではなく、被告が原告の希望に基づき第一期、第二期に遡つて実現主義により課税したからといつて、これにより、株主総会の決議を経た決算関係がただちに左右されることとはならないのみならず、実現主義が発生主義より金利等の点で納税者に有利であり、しかも、納税者がそれによつて更正処分を行なうことを要望している以上、税務官庁がこれを認容しても、なんら納税者に不利益を課するものではないから、そのことをもつて違法というのは当らず、原告の主張は、すでに第一、第二期について更正の時効期間が経過していることを奇貨とし、ことさら租税負担の回避を企図するものとも解されるのであつて、この点に関する原告の主張は、その失当であることは、多言を要しないところであろう。

以上の次第で、被告の本件審査の決定には、原告主張のような違法はなく、右決定がその他の適法要件を備えることについては、原告は明らかに争わないから、右決定は適法なものといわねばならない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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